退屈

  この世に終わりが訪れる筈だった。そう信じていた。単なる思い込みだった。終焉という約束は実は蜃気楼であり、脳内の群衆が視た集団幻覚でしかなかった。群衆は去り、廃墟の思考回路が漠然と残存するだけになった。
 彼は現世の屍であった。死ぬ為に生きているわけでもなかった。生きているという実感も持っていない。雑踏の中に佇立しているとき、彼は自分の頭からいつの間にか去っていった群衆を自分の記憶の中に求めていた。しかし、それは厳然としてどこにも足跡はない。喧騒は空谷の跫音じみたものとして彼を取り巻いている。彼はどこに向かえばよいのか皆目見当がつかなかった。なぜ雑踏の中に佇んでいるのかさえも意味が不明だった。
 彼は自分が自分でなくなっていく。この世の変質をそのように認識し、世界と自己を同一化させ、取り敢えず終わったものだという符合で縫合させる。
 彼は雑踏から抜け出そうと歩き始める。それが悪足掻きであろうと、煩わしいこの雑踏が、とても醜悪なものに沈溺している風に感じられた。
 群衆は、彼の頭から現実に飛び出していたのだ。まだ彼は気付いていない。群衆からは逃れられない。それでも彼は、この雑踏というものが世界のある種の実相なのだと思い浮かべ、あてもなく足を進めていく。しかし、どこに辿り着けるわけでもなかった。
 彼は家に帰りたくなった。無性に帰りたくなった。それでも、彼は群衆の一部と化していく自分を、背中から凝然と見つめる他の自分から逃げているだけでしかなかった。