忘れないで、と、言った。
 忘れないよ、と、返した。
 二人でカレーライスを食べていた。群青一色のカフェテラス兼レストラン。茫漠とした風景に包まれている。誰でもない二人が、覆面で見つめ合っている。人間の想いと呼べるものが何かを模索し、言葉だけが空回りしている。無色透明の時間の中、舞台失格のヒロインが相手に忘れないでともう一度繰り返す。一途な眼差しだが、それが覆面のヴェールで隠されているのは瞭然としている。相手の面影をネガフィルムのようにして、暗い視界に焼き付けている。腐った砂金の砂浜の上、カフェテラスは寄せては返す波の環境音で静かに彩られている。忘れないから、と一方の覆面も作為で象った唇で声を紡いだ。無意味で空疎な二つのカレーライスは、テーブルの上で置き去りに横たわっている。太陽は沈む気配を微塵も感じさせず、このカフェテラスを眩しい輝きで孤立させていた。二人は言葉が足りないのではなく、恐らく覆面を剥ぎ取る勇気を互いに持てないだけだった。波の動きは途絶えることがない。明日も晴れそうだった。